電気館跡
 大正時代のなかば、砂山町に駅南地区としてははじめて「電気館」という映画館ができた。当時はまだ無声映画時代で、開演のベルが鳴り楽士(がくし)が一斉にメロディを流し、弁士が語る名調子にお客は何もかも忘れ、スクリーンに映るスター達の演技に我を忘れてしまうほどであった。
 当時、大人5銭、小人3銭の入場料で一流館の約半額だった。
 館の中は、1階は木製の長椅子、2階は畳敷きでゴロリと寝ころんでゆっくり見ている人もいた。観客の大半は周辺の工場などで働く若者たちや、暇つぶしにくる人たちで、結構繁盛していた。やがて、二流館であった「電気館」もトーキー映画となり、ますます人気が上がり周辺の人々を引きつけた。
 その後、昭和17年(1942)現在の砂山アーケード街のほぼ中央に今までより立派に映画館を建設したが、太平洋戦争末期の昭和20年(1945)2月15日のアメリカ軍の爆撃で海老塚町、砂山町の民家と一緒に悉く灰となってしまった。
 今では電気館のことを知る人も次第に少なくなっている。

 
 
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