砂山銀座(すなやまぎんざ)
 大正12年(1923)頃、新開地通り(今の松菱通り)に続く線路下に地下道が作られたおかげで、龍禅寺街道に集中していた人通りは平田(なめだ)新道(今のアーケード通り)に移り、この通りを中心として商店街が発展しはじめた。砂山銀座は呉服屋や洋品店を中心とした駅南唯一の商店街として発展、値段の安いことでも知られ、遠方からも買い物客が集まった。公設市場やあけぼの市場があり、庶民の生活になくてはならない場所になっていた。
 戦災後、復興のため商店会活動第一の事業として、昭和30年(1955)平田新道にネオンアーチをとりつけ、このネオンアーチはその後13年間砂山町のシンボルとして輝き続けた。
 昭和43年(1968)に、総工費2,300万円をかけて砂山銀座(旧平田新道)にアーケードを作り、現在に至っている。

 
 
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